ぶん屋の抽斗

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2016年 12月 14日

今日の暦

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庭の南天であります。雫を一杯に抱えまして久しぶりの恵みの雨。「お天道様」てぇ言葉がありまして、空に象徴される神様の事でありますな。子供の自分、雨が降ったり、寒かったり暑かったりしまして文句を言ったりいたしますってぇとよく親父に叱られました。「お前ごときがお天道様に文句を言うのか!」と。今にして思えば自然はこの世の営みでありまして自分の都合のいいところだけ受け入れて嫌なことは拒否するってぇのは良くないってぇことなんだなと。雨があるから生きとし生けるものがその営みを。晴れた日にはお日様をいっぱい浴びてそれも営み。あらゆるものすべてに感謝を。









本日の暦であります。

12月14日 水曜日 (旧暦 十一月十六日) 庚午(かのえ うま) 七赤

選日:大つち  大つち、小つちの期間は、穴掘り、井戸掘りや建暮、種まきなど、土を崩すようなことはすべて慎まなければならないとされています(~20日)。

二十八宿:参(しん) 婚礼旅行吉 葬儀凶

中段:やぶる(破) この日は破の意で、訴訟等には吉。結婚その他約束事、神仏の祭祀等は凶。

六輝:友引(ともびき) 友引日の略。午前中と夕刻と夜は相引で勝負無しの吉の日。ただし昼は凶。この日葬儀を行うと、他人の死を招く恐れがあるといわれています。

本日は「四十七士討ち入りの日」であります。1702(元禄15)年のこの日、赤穂浪士47人が本所の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げました。1701(元禄14)年3月、江戸城松之廊下で播磨赤穂藩主・浅野内匠頭長矩が、幕府の礼式を司る高家筆頭の吉良上野介義央に小刀で切りかかるという事件が起きました。浅野には即日切腹、領地没収という厳しい処置がとられたのですが、吉良には一切のお咎めがなく、これが事件の発端となりました。家臣たちは主君の仇を討つ為に綿密に計画を練り、翌年12月14日寅の上刻(現在の暦法では15日午前3時ごろとなるのですが、当時は日の出の時間に日附が変わっていたので14日となります)、大石内蔵助の率いる47人が、本所の堀部安兵衛宅に集まり、そこから吉良邸へ討ち入った。2時間の戦いの末、浪士側は一人の死者を出さずに吉良の首を取ることができました。世論は武士の本懐を遂げた赤穂浪士たちに味方し、幕府は翌年2月4日、一同切腹という処置をとりました。この事件を題材として、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」等100種にも登る作品が作られ、現在まで語り継がれています。「忠義」や「孝」は美しいものであります。

本日も皆さんにとって良い日でありますように。







by komamono_bun_ya | 2016-12-14 06:36 | | Trackback | Comments(0)
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